
中国の自動運転技術企業・地平線(Horizon)が、10万円クラスの燃油車でも都市部で高度な自動運転(NOA)を実装できる新アーキテクチャを発表した。2025年を見据え、コスト削減とエコシステム構築を同時に進める姿勢が注目されている。
本稿では、同社が深圳前海で開催した業界横断型カンファレンスの概要と、技術的・ビジネス的な背景、そして今後の展望を詳しく解説する。
深圳前海カンファレンスの全容
同イベントには、大衆自動車グループ(中国)のCTOトーマス・ウルブリッヒや、比亜迪(BYD)グループ上級副社長楊冬生、奇瑞iCARの蘇峻、長安深藍(Changan DeepBlue)の蘇琳珂といった国内外の自動車メーカーの重鎮が顔を揃えた。さらに、Insta360創業者の劉靖康、掃除ロボットメーカー・雲鯨(Yunwhale)、ロボット犬メーカー・維他動力(Vita Power)の幹部ら、映像・ロボティクス分野の企業も同席し、異業種が一堂に会した点が本カンファレンスの特徴である。
地平線が目指す「智駕平權」
地平線副社長兼チーフアーキテクトの蘇箐は、同社の新戦略を「智駕平權(インテリジェントドライブの平等化)」と表現した。過去2年で都市部NOAは30万円以上の高価格帯車種に限定されてきたが、同社は「征程 6M」ソリューションで液冷不要の自然風冷設計を実現し、10万円クラスの燃油車でも実装可能なコスト構造を提示した。
コスト削減の鍵は「自然風冷」
従来、都市部NOAを支えるには高性能AIチップと液冷システム、さらには高価なレーザーLiDARが必須だった。これらは車両価格を押し上げ、10万円台の国産車にとっては実装が不可能と見なされてきた。征程 6Mは、空冷だけで500 TOPS級の演算性能を確保し、車体設計への大幅な改造を不要にした点が画期的である。
産業エコシステムとしての「HSD Together」
地平線は自社の全スタックアルゴリズムを「HSD Together」モードで提供する方針を示した。車メーカーはゼロから基礎モデルを訓練する必要がなく、地平線が用意した「サンプルルーム」へ車載システムを組み込むだけで、AI開発にかかる人員と時間を約90%削減できると同社は算出している。
このアプローチは、AI人材不足と高速アルゴリズム更新の課題に直面する中小規模メーカーにとって、実質的なインフラ提供と同等の価値を持つ。
次世代チップ「征程 7」への野望
同社は次世代チップ「征程 7」の開発情報を一部公開した。黎曼(Riemann)アーキテクチャを採用し、単チップあたり500〜700 TOPSの演算性能を目指すと同時に、3〜4nmプロセスで実装する計画だ。これは、現在のAI4世代(Tesla AI4)を上回り、将来的にAI5世代に匹敵する性能を狙うものと解釈できる。
数学的命名から見える技術哲学
地平線は過去のチップ名に「ベルヌーイ」「ベイズ」「ナッシュ」など、統計・ゲーム理論の巨匠を採用してきた。今回の「黎曼」命名は、黎曼幾何学が示す低次元流形上での物理現象の記述に着目し、AIは人間の運転習慣を模倣すべきではなく、物理世界の「真理」に近づくべきだという創業者余凯(ユーカイ)の哲学を象徴している。
ロボティクスとのシナジー
カンファレンスに参加したInsta360の全景ドローンや雲鯨の掃除ロボット、維他動力のロボット犬は、すべて地平線のアルゴリズムとチップを共通基盤として採用している。地平線は自動車を「ロボット」の一形態と位置付け、同一の感知・意思決定スタックを様々なハードウェアに展開することで、エコシステム全体のスケールメリットを追求している。
同社が公開したオープンソースの小脳モデル「HoloMotion」および大脳モデル「HoloBrain」も、モバイルロボットやドローン向けに最適化された汎用AI基盤として提供され、Androidがスマートフォンメーカーに提供したような役割を果たすことを目指す。
中国市場におけるインパクト
余凯は、中国市場の約50%が13万円以下の価格帯に属すると指摘した。これらの車両は通勤・買い物といった日常利用が中心であり、渋滞時の安全支援が強く求められるが、従来は高価な智駕機能の対象外とされてきた。地平線の低コスト実装が実現すれば、広範なユーザー層に安全性が波及し、交通事故削減への社会的効果が期待できる。
2025年に向けた展望と課題
2025年は、地平線にとって「産業母機」の完成と同時に、技術的優位性を市場に転換する分水嶺となる。高価な豪華車向けの先端技術を、量産車の価格帯へと拡大することは、単なるコスト削減以上に、AIアルゴリズムの汎化と安全性検証を大規模に実施する必要がある。
また、AIチップの製造プロセスが3〜4nmへと微細化する中で、サプライチェーンの安定確保や知的財産権の保護といったリスク管理も不可欠だ。地平線は「産業母機」への投資を続けると同時に、エコシステムパートナーとの協業体制を強化し、技術と市場の両輪で2025年以降の成長を狙う。
結論として、地平線が提示した「10万円車への都市型智駕」実装は、単なる価格競争ではなく、AIインフラとロボティクスを融合させた新たな産業モデルの構築を意味する。中国国内だけでなく、グローバル市場においても、同様の低価格・高機能化の潮流が広がる可能性は高く、今後の技術動向から目が離せない。