背景と中国EV市場の動向
2024年10月、中国の高級新エネルギー車(NEV)市場では、東風グループ傘下の岚图(ランツー)と、華為(ファーウェイ)と深く提携する赛力斯(サイリス)が同時に香港証券取引所への上場を目指した。赛力斯は約156億香港ドル(約2,300億円)を調達する計画を発表したが、岚图は新株発行を行わない「紹介上場」方式を選択した。
岚图の業績と収益性
岚图は2024年に8万台の販売台数を記録し、業界ランキングで12位に位置付けられた。主力モデルのMPV「梦想家(ドリームハウス)」は同年4.7万台を販売し、NEV MPV部門で第2位となった。2024年上期(1月~7月)における売上高は157.8億人民元(約2,600億円)で、うち車両販売収入は147.3億人民元。売上高は前年同期比で90%以上増加し、毛利率は21.3%に達した。これは同業他社の理想(Li Auto)や小鹏(Xpeng)を上回る数値である。
同期間の調整後純利益は4.79億人民元(約78億円)で、業界内で最も早く単一四半期で黒字化した企業と評価されている。ただし、政府補助金として6.4億人民元(約105億円)を受け取っている点は留意が必要で、補助金を除けば実質的な利益はマイナスになる。
紹介上場とは何か、東風グループの狙い
「紹介上場」は新株を発行せず、既存株式を市場に流通させる形態である。具体的には、東風グループ株式会社(東風集团股份)が保有する岚图の約79.67%の株式を株主に割り当て、東風本体は私有化退市し、岚图だけが独立した上場企業として香港市場に上場する。
東風は伝統的な燃油車中心の事業構造から、評価が低迷し資金調達機能が失われつつあることを背景に、成長性の高いNEV部門を切り離すことで企業価値を高めようとしている。2025年上半期の東風本体の販売台数は82.39万台で前年同期比‑14.7%、売上は545.3億人民元、親会社帰属純利益は0.6億人民元と大幅に減少。一方、岚图は同期間に5.6万台を販売し、前年同期比+85%、調整後純利益は4.8億人民元に達した。
また、岚图は2024年末時点で現金及び現金同等物が72.5億人民元(約1,200億円)あり、短期的な資金繰りに余裕があることも「資金調達不要」の根拠となっている。
コスト構造とESSA(原生智能电动架构)
岚图の高い毛利率は、主に「高端志向・中端補完」の販売構造と、ESSAと呼ばれる共通プラットフォームによるコスト削減に起因する。ESSAはハードウェアの共通化率を90%とし、増程(レンジエクステンダー)、プラグインハイブリッド、純電動の三種動力系統を同一ラインで生産できる。
このプラットフォームにより、電池パック、電動ドライブ、シャシー、電装系統といった主要部品の調達コストと開発コストが大幅に低減される。東風の長年にわたるサプライチェーンと提携先ネットワークも、部品単価の抑制に寄与している。
課題と今後の展望
岚图は高い毛利率と早期黒字化という強みを持つ一方で、販売台数の拡大が最大の課題である。2024年の販売目標は20万台だったが、2025年9月までの累計は9.7万台で達成率は約48.5%にとどまっている。特に、MPV「梦想家」以外の「追光」セダンや「FREE」SUVの販売貢献が不足している。
今後は第4四半期に月平均3.4万台以上の納車が必要とされ、これは過去数か月の平均の3倍以上に相当する。販売網の拡充や新モデルの投入、そして政府補助金依存度の低減が求められる。
資金調達を行わない紹介上場は、短期的には株主構成のシンプル化と上場コストの削減を実現するが、将来的に大規模な投資が必要となった際には増資や配当による資金調達が検討される可能性がある。
総じて、岚图は東風グループの戦略的分離と高付加価値モデルによる利益率向上で、現在の市場環境に適応しつつある。投資家は同社がどの程度販売規模を拡大できるか、そして補助金に依存しない持続的な収益構造を構築できるかに注目している。