背景と市場の動向
近年、中国の新興企業が航空機と自動車の境界を越える「飛行車」開発に本格的に取り組んでいる。その中でも、広州拠点で事業を展開する小鹏汇天(Xpeng Huìtiān)は、独自のプラットフォーム「陆地航母(ランド・エアキャリア)」を掲げ、垂直離着陸(VTOL)機能と高速走行性能を兼ね備えた車両の量産化を目指している。中国国内ではすでに7,000台の注文が集まり、同社は国内外での需要拡大を見込んでいる。
600台の大型受注が示す中東市場の期待
2023年10月12日、同社はドバイで開催された国際品鑑会にて、アラブ首長国連邦(UAE)のAli & Sonsグループ、カタールのAlmanaグループ、クウェートのAlSayerグループ、そしてUAE華商総会と、合計600台の飛行車購入契約を締結したことを発表した。この受注は、飛行車分野における海外最大規模の一括注文として記録された。
契約に基づく納入は最速で2027年に中東地域へ向けて開始される予定であり、同社はこの市場を「航空交通がインフラ整備に追いつかない地域での新たなモビリティソリューション」と位置付けている。中東諸国は広大な砂漠地帯と都市間の長距離移動需要が高く、従来の自動車やヘリコプターだけでは対応しきれないギャップを埋める手段として、VTOL機能を持つ飛行車への関心が高まっている。
广州工場の生産体制と量産計画
同時に、小鹏汇天は広州に新設した飛行車専用の製造拠点が9月末に全ラインを完了し、世界初の「流水線方式」で大規模生産が可能となったことを公表した。この工場は年産1万台規模の生産能力を有し、2026年に本格的な量産を開始する計画だ。
生産ラインは自動車組立と航空機組立の両方の工程を統合したハイブリッド方式を採用しており、完成車は30分ごとに1台のペースでラインから下ろされる見込みである。これにより、従来の手作業中心の航空機製造に比べて大幅なコスト削減と納期短縮が実現できると同社は説明している。
次世代混動長航程機 A868 の概要
今回のイベントでは、開発中の新型混合動力飛行車「A868」も披露された。A868は電動推進と内燃エンジンを組み合わせたハイブリッドシステムを搭載し、設計上の航続距離は500km以上、最大航速は360km/hを超えるとされている。これにより、都市間の高速移動だけでなく、遠距離の地域間輸送にも対応できると期待されている。
同機は2024年11月に広州で初公開される予定で、実際の走行テストや安全認証の取得に向けた最終調整が進められている。小鹏汇天は「A868は次世代モビリティの標準モデルになる」と語り、今後の量産体制への組み込みを視野に入れている。
国際ブランド「ARIDGE」の発表
イベントのハイライトの一つとして、同社は新たな国際ブランド「ARIDGE(エアリッジ)」を正式に発表した。ロゴは漢字の「飛」をモチーフにデザインされ、Air(空)とBridge(橋)を組み合わせた名称は「空と地上をつなぐ橋梁」という意味を持つ。
ARIDGEは小鹏汇天が提供する飛行車をグローバル市場で展開する際のブランド名として位置付けられ、今後の販売戦略やマーケティング活動において中心的な役割を果たすとされている。
今後の展望と課題
小鹏汇天は、2026年の量産開始と2027年の中東市場投入を目標に、技術認証や安全基準の取得に向けた作業を並行して進めている。特に、航空機としての適航証明(型式証明)取得は各国の規制当局との協議が必要であり、時間とコストがかかることが予想される。
また、飛行車は高度な制御システムと通信インフラを必要とするため、都市部での運用に向けた空域管理や交通管制の整備も課題となる。中国国内では既に無線通信性能テストが完了しているが、海外での運用には各国の航空法規への適合が不可欠である。
それでも、同社は「20年後の飛行車市場は2兆米ドル規模に達する可能性がある」と楽観的な見通しを示しており、今回の600台受注はその成長シナリオを裏付ける重要なマイルストーンと位置付けている。
まとめ
小鹏汇天の「陆地航母」シリーズは、国内での需要蓄積とともに、初の大規模海外受注を獲得したことで、グローバルな飛行車市場への本格参入が具体化した。広州工場の流水線生産体制、ハイブリッド長航程機A868、そして新ブランドARIDGEは、同社が技術・生産・マーケティングの三位一体で市場拡大を狙う姿勢を示す。
今後、適航認証取得や空域管理制度との整合性が鍵となるが、2026年からの量産開始と2027年の中東投入が実現すれば、飛行車は従来の自動車やヘリコプターを超える新たなモビリティとして、都市と地域を結ぶ「空の橋梁」となる可能性が高まるだろう。
